posted by 渡月・トワヤ
at 16:42:17 │
EDIT
今度ボクが行くのは、泣いている小さな子供に引き寄せられる自縛霊が現れるという公園。
そこは、戦時中に空襲によって焼き野原になったいわくつきの場所なのだそうだ。
残留思念は、その時に子供を失い、自身も時代の大きなうねりに呑まれれしまった母親のものではないかという話だった。
ボクは思う。
自分の子供を失った哀しみってのは、学生のボクらがいくら推しても解るものではない。
冷たい言い方だけれど、実際の身に起きなければ本当に解るなんてことないんだと思う。
その哀しみに寄り添うことはできるかもしれないけれど…
薄い水の膜を通して観る物語のように感じてしまうんじゃないかなぁ。
だからって、それが許されるわけじゃない。
新たな哀しみが生み出されるまえに、
その存在に気づいたボクらが、終わりにしてあげるべきなんだよね。
ボクら能力者が、できることをする、ってこういうことじゃないかな、って。
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