「ん~…」
プロ、かぁ。
そうしてボクの記憶に甦ったのは、銀誓館にやってきてすぐ、高1のころに少しだけ在籍した喫茶店(結社)。入団してほどなく学祭があって、ご多分に漏れず、そこでも喫茶店の模擬店をやったこと。
ボクはたしかあの時(ウェイトレスのコスプレは断固として拒否し)バリスタの衣装に嬉々として身を包んで、コーヒーのサービングをしたっけ。
たしかにあれは楽しかった。
だから、そういうのに憧れがないと言ったらウソになるけれど。
「コーヒーは、自分と大事な人のために淹れるので充分、かな」
今は、まだそれでいい。
ボクは将来、本に携わる仕事がしたい。
図書館の司書になるのが一番の目標で、だからその資格取得のために大学へ進学したい。
もし、それが叶わないのであれば、書店の店員。
本に囲まれた仕事は、なんて素敵なのだろうか。
でも、彼のことばで、ボクが描く未来の映像に少し違う色が混じりはじめた。
本に囲まれて。
コーヒーのいい香り。
自分の好きな本を集めて、小さな図書館みたいなカフェ。
白い外壁、テラスに張り出した青とグリーン、白のストライプの庇。
テーブルは2セット、カウンターも4席ぐらいあればいい。
カップボードに並ぶカップが不揃いなのは、お客さんごとのイメージに、ボクがお似合いのをチョイスしたいから。
大きく開いた窓と向かうようにキッチン。
ドアとは反対側の壁には腰までの高さの書架が誂えてあって、きれいな装丁の本は特別にディスプレイしたり。レビューポップを書いてもいいなぁ。
メニューは片手で食べられるような、ホットサンドや、クッキー、スコーンとか。小さいころころっとしたパンを焼くのもいいかもしれない。
本を読みながら(読まなくてもいいけれど)のんびりとした時間が過ごせるように、音楽はごく小さい音で、緩やかなもの。
あ、そうだ。
お客さんが1冊持ってきてくれたら、代わりに気になった本を1冊持って帰ってもいいという仕組みとかって、面白いかも。
「また、いつでもいいから持ってきてね」
なんてボクはカウンターの内側でお客さんに笑いかけたり、本の好きなお客さんと顔なじみになれば、オススメを話し合ったり。
それは、むくむくと真夏の入道雲のように、ボクの頭の中にあふれるイメージ。
きらきらとサンキャッチャーが虹を作るように、光に満ちて明るくて。
うわぁ、それっていいなぁ。素敵だなぁ。
「…おい。カオが緩んでるぜ」
彼はそう言いながら、ボクの頬をツンとつついて忍び笑う。
ボクははっと我に返った。
おっといけない、勉強中だった!
キリっと顔を引き締めるけれど、時すでに遅し。彼はくすくす笑いを続けている。
ボクが「そんなに笑わなくてもいいだろ」と、唇を尖らせねめつけたところで、彼が意に介す様子はない。
まぁ、それは付き合う前から変わらない、要するに"いつもと同じ"ってことなんだけれど。
ボクがムッと膨れているカオですら、ハイハイといなし、楽しんでいるようなフシがある。
あぁ、これだから。
ボクは、あなたには敵わない。
でも、その気持ちは、あのころ感じていた悔しさとは違くて、あの日、変化したことのひとつだ。
「勉強やるときは、集中しような」
ぽん、と頭に載せられた大きなてのひらに、胸がきゅっと締めつけられる。
ボクは、その甘い痛みを包み込むように、ゆっくりと瞬きをした。
ともすれば子ども扱い。
だけれど、それはいつだって傍で守ってくれているという安心感に繋がって、だからボクは彼の前でだけは、いつだって素直でいられる。
「…うん」
ボクは、 すん と肩を落として頷いた。
ちょっと頬が熱いのは、彼がそのてのひらの温かさだけで、ボクの心をすきってきもちでいっぱいにしてしまうからだ。
ボクは自分を落ち着かせるようにカフェオレを一口啜ると、また問題集を解きはじめた。
ツクツクボウシの鳴き声が遠く聞こえてくる。
もう、夏も終わりだね。
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