今年の旧暦八月十五日(中秋の名月)はちょうど満月に重なる。
海辺の丘でお月見しませんかというイベントのお誘いがあり、ボクは彼と出かけることにした。
今年の浴衣の着納め。
鮮やかな黄色の帯は、夜目にも鮮やかだ。
当日は天気も上々。月明かりは煌々とあまねく地上を照らしている。
同行していた人たちの輪からそっと離れたボクたちは、月明かりに導かれるように散歩にでた。雪駄と下駄の、土を踏むゆったりとした音だけが耳に届く。
ほどなくボクらは見晴らしの良い丘へとたどり着いた。どちらからともなく寄り添って、風のない静かな海を見下ろす。
波に揺れる月光の帯へとボクは指を向け「月の道みたいだね」と隣に立つ彼にささやいた。彼も「ホントだな」と頷く。
繋いだ指から伝わる熱は、彼のやさしく温かい心そのものみたいでいとおしくて。
ボクの顔が赤いのはきっと月光が上手く隠してくれているはず。
視線を海原から彼に移すと、目が合った。
もう、それだけで胸がいっぱいになる。
なんの言葉も見つけられずボクは、自分が彼といることでこんなにも幸せを感じているのだと、せめてその何分の一かでも伝わってくれたら、と微笑みかけた。
彼と観る景色は、いつだってなんだってボクにとっては特別だし、
これからも、ともに月を見上げる機会は幾度となくあるだろう。
けれど、今日の月の美しさは、今日だけのもの。
ボクは彼からそっと視線を外すと、この風景を瞳に焼きつけていた。
規則正しく寄せては返す波の音の合間を縫うようにボクの名を呼ぶ低くて柔らかい声は、どこかしら力強くもあり、ボクの耳には心地よく響く。
ボクもだから、自然と柔らかな表情になって、「ん?」と首を傾げゆっくりと彼を見上げ──
予想だにしていなかったこと。
少し驚いて、目を瞠る。
ふと潮騒が遠くなる感覚。
唇が触れあう瞬間、
ボクは目をそっと閉じた。
ふわりと頬を撫でたのは風、
あるいは吐息。
早鐘のような鼓動、
絡め合ったままの指。
それが、
今のこの瞬間の
ボクの世界のすべて。
そっと交わされたくちづけを、空高く浮かんだお月さまが柔らかく照らし続けていた。
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