ボクの目の前に差し出された紙。
星、あるいは手のひらにも似た図形と、それに散りばめられた数式が記されたそれを与えられ、解くように言い渡される。
「こんなの見たこともない。解けないよ」
その紙を突き返したものの、ボクを良く知る男性に「しょうがねぇな。ヒントをやるよ」と説得され、もう一度解く羽目に。
そこで何が変わったのか。
見たこともないはずの数式が解けてしまった瞬間、ボクは何者かから追われる立場になった。
追われる理由もわからない。
そもそもあの図形に何の意味が?
問う隙を与えないほど強いチカラで手首を掴まれ「走れ。逃げろ!」と夜の中へ引きずり出された。
ワケも知らされず逃げて、
逃げるたびに場面は切り替わり、
場面が変わっても
それでも、やはり逃げ続け、追い詰められてボクは、
直感だけで飛び込んだ、、、
──夢、か…。
耳に届いてきたのは、あえかな虫の音。
ようやくほぅっと安堵の息を漏らしてゆっくりと身体を捻り、枕もとにおいてあるケータイを手繰り寄せて時間を見た。
午前3時。
夜明けまでは、まだ遠い。
ボクは身体を起こした。
布団の中、足を投げ出して座った格好のまま、ボクは夢の中の出来事を反芻した。
もともとボクは夢をあまり見ない性質。
それが、目覚めた後までもこんなにハッキリと思い出せるほど怖いと思うような夢を見たため、ちょっとばかり神経が昂ぶってしまったのだと思う。
いつか本で、あるいは映画で「いつか見たことがある」ような描写に重なる背景もあった気がした。
もし自分の「今、覚醒している間の記憶」とそれが重ねられるのなら、さっき見た夢に理由をつけられる。
そこまで恐れることなんかない。そう言い聞かせられる、そんな気がして。
それで、なんとか重ね合わせようと試みてみたのだけれど、途端に靄がかかったようにぼんやりとしてしまい、何一つ上手に重ねることができなかった。
まぁ…そもそも夢なんて、自分の見てきたものや経験してきた記憶の断片が、ごちゃまぜに織り上げられて世界を形作るのだろうから、重ね合わせたところで、何の救いも意味も、見つけられるワケないんだよな。
さっき見た夢も、書店の地下に夜の公園があったりして、なかなかシュールだった……
ボクは、大きくため息をつくと、夢の記憶を辿るのをやめた。
しかし、こんな時間に目が覚めるなんて今までになかったこと。
横になっても夢の残滓がまぶたの裏にちらついて、眠れる気がまるでしなかった。
そしてふと感じる、今、自分は一人だという孤独感。
怖い夢の余韻。
あるいは単に疲れすぎか。
ボクはどうしていいか解らない小さな子供みたいな気持ちになり、少しだけ泣いてしまった。
でも、泣いたのはほんの少しの間だったと思う。
まさか自分が泣くとは思わなかったし、そも泣いたって仕方がないのだと気づいたボクは、思い直して部屋を出、食堂へ降りた。
とにかく、心が冷え冷えとする感じがしたからだろう。
何か暖かいものでも胃に入れれば、少しは落ち着くんじゃないかと思ったのだ。さすがにコーヒーや紅茶では、ますます目が冴える、ぐらいの分別は持っていた。頭の隅で、夜食用に買っておいたインスタントのスープか味噌汁がまだあったはずだと考えを巡らせて。
この時間の寮内はさすがにしんと静まり返り、誰の起きている気配もない。
ボクは極力足音を立てないよう、そろりそろりと廊下を進み、食堂の一角の蛍光灯だけを点した。数度点滅してほどなく灯った白くて冷たい明かりの元、ボクはさらにできるだけ物音を立てないように湯を沸かして、マグカップに味噌汁を作る。
そしてふと視線を上げた先。
蛍光灯に薄く照らされた談話室の掲示板が見えた。近づいて確かめると、明日から始まるプールに、ボクが固定メンバとして名を連ねるチームが参加する旨、記されている。
時間が時間だし、指名はされていたものの、強制ではないということも書き添えてあった。
昨夜はそれを確認するか否かのタイミングで、眠ってしまったのだ。
やっぱりボクは相当疲れていたらしい。だからあんな夢も見るんだ…。
気づけたのはラッキーか。参加表明だけでもしておこう。
ボクはその掲示板の最後に、名前を書きくわえておいた。
食堂のテーブルについて、ふぅふぅと冷ましながら、味噌汁を飲む。
炊事場からは、冷蔵庫の低いモーター音が絶え間なく聞こえてくる。
コトリ。
カップをテーブルに置く音がやけに良く響くように感じるのは、いつもはここが、仲間の集うにぎやかな場所だからなのだろう。
時計を見遣れば、もう少しで午前4時。
目が覚めてから、もう1時間近く経っていた。
味噌汁効果か。夢の名残も、少しだけ薄らいだみたいだ。
これを飲み干したら、また布団に戻ろう。
少しでも休めれば、
明日には夢のことなど半分以上忘れて、きっとまた笑えるようになるはずだから。
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