おやすみを言って部屋に戻り、ボクは缶を眺めた。ご当地っぽい柄が可愛いし、全部飲んじゃったら缶は小物入れにリサイクルもいいな。
さて、本場の紅茶!
ボクはさっそくいただくことにして、缶を手に食堂へと降りる。
──しゅんしゅん
コンロ脇に立ったまま文庫本を開いていたボクの耳に薬缶から威勢よく噴き出す湯気の音が聞こえてきた。もう少し待って、火を止める。
紅茶を淹れる際は、ぐらぐら沸かした湯を使う。湯に含まれる空気が多ければ多いほど紅茶は美味しくなるのだそうで、小さな気泡が出るぐらいでは生ぬるいのだ(本当はぬるいワケがないので間違っても指を突っ込んだりしてはいけない)
まぁるいポットに、高さをつけて勢いよく湯を注ぎいれ、茶葉を躍らせる。これも、美味しい紅茶のためには大事な作業。
4~5分蒸らしたら、いよいよ完成。
茶漉しを使いながらカップに注いだ。
「あれ?」
カップを覗き込んで、ボクは思わず声を出す。
確かに茶葉そのものを見たときも、あれ?と思ったんだ。
缶から取り出した茶葉は、普段使う紅茶のそれのように茶色く拠れておらず、日本茶の葉みたいな色、その上けっこう葉の原型が留められていたからだ。さすがに乾燥させているから柔らかくはなかったけれど。
それで不思議に思って缶をもう一度確かめると、小さく"Green tea"と印刷されていたので、ボクはなるほどね、と納得した。紅茶も日本茶も烏龍茶なんかも(品種の違いなどはあるだろうけれど)同じ茶葉だって聞いたことがあるもん。醗酵させるかしないかで違ってくるのだとか。試したことは今までなかったけれど、これがうわさに聞くダージリンの緑茶…ん、緑茶?
…この茶の色って。
ボクがしばらくカップを眺めていたのは、注いだ紅茶がまるで白湯のように透き通った色だったからだ。角度を変えればようやくうっすらとグリーンがかった水色が判別できるぐらいで。
ためしに鼻をカップに近づけてみれば、確かに香りはダージリンのそれだった、間違いはないし、品質もよさそう。
味の想像がまったくつかないボクは、まだ立ちのぼる湯気に「ふぅ。」と息を吹きかけて、恐る恐る一口啜ってみる。
紅茶特有の渋みはほとんど感じられなかった。
けれど。
喉の奥から次第に立ち上ってくるのは、あの淡い色からは想像ができないほどの、まさに芳香と呼ぶに相応しい強くてフレッシュな香り。
さぁっと鼻腔を抜けていく。それはまるで初夏の草原に渡る風のようなさわやかさ。
ボクの中を駆け抜けた香風で、なんとなく心まで軽やかになったような気がした。
このお茶は彼が言うとおり、胃にもやさしいんだろうけど、ボクのこころにもとてもやさしいみたいだ。
それはさながら彼のやさしさや思いやりのように感じられて。
ボクはしんと冷えた食堂で心も体もほかほかさせていたんだ。
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