「──あ」
ただいま、って言いたかった。
送り出してくれるときに頭にのせてくれた手のひらが嬉しかったことも話したかった。
なのに、こんな格好で帰ってきてしまい、心配させたことも謝らなくちゃって思ってた。
けれど、いざ彼を前にしたら(寝起きということもあったし、熱でちょっと浮かされてたところもあったりで)あたふたと言いたかったことを取りこぼしてしまい「あ」しか出てこない始末。
彼はといえば、眠りに落ちるまえにボクが想像していたとおりの表情を浮かべている。
ちくりと痛む、ボクの胸。
ボクは長女という育ちのせいか幼いころからあまり手のかからない「しっかり者」で通っていて、人に心配されることに慣れていない。ともすれば申し訳ない気持ちばかりに押しつぶされそうになる。
だから「大丈夫?」と訊かれればちっとも大丈夫なんかじゃなくったって「平気、平気」と笑ってしまうクセがついていた。
そんなふうにガマンをガマンとも思わない無意識の振る舞いで、自覚したときには手遅れになっていることもままあった。まぁ、いわゆる貧乏クジってやつなのかもしれないけれど、これがボクなのだから、仕方ない。
だから今もつい「心配かけてごめんな」と、これ以上の心配は要らないよというつもりで笑って言おうとして。
ぐ、と喉が詰まった。
まるで大きな石を飲み込んじゃったみたいで、呼吸すらうまくできない。
そうだ、ボクが今向き合っているのは、他ならぬ彼なのだ。
彼はきっと、ボクがどんな些細な見栄を張っても見透かすのだろう。
最初から、そうだったじゃないか。
彼は、ボクが誰にも見せないようにしてきた弱い部分に気がついてくれただけでなく、それも丸ごとの"ボク"だと言って一人でがんばることはないと、てのひらでそっと包むように優しく守ってくれるようになった唯一のひと。
だからボクは今までだって、彼の前では驚くほど素直で居られたし、強がってみせたことなど一度もなかったのに…
こんなふうに身体が弱ってしまっている今日のボクはなんだかちょっと変だ。
うっかり気を許しすぎると泣いてしまいそうで。
こんな時に涙を見せるなんてなんだかフェアじゃない気がして、ボクは唇を引き結んだ。
「ちゃんと休めよ」
手許に置いてあったおなじみ苺牛乳のテトラパックをストローでちゅーと飲み、彼は言った。
「…うん、しっかり休むから…許してな」
許さないなんて彼は一言も言っていないし、これっぽっちも思っていないだろう。
ボクが自分自身を許せなくて、苦しくなっているだけ。
だから本当に彼に言いたかったことはこんなことじゃないって、理解ってる。
けれど、これ以上口を開いてもますます本当に言いたかったことから遠ざかってしまうことを知っているボクは、それだけを言うとぐいっと掛け布団を目の高さまで引っぱり上げて顔を覆った。
本当に、今日のボクはダメダメで、イヤになっちまうよ。
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