人を傷つけないことばを選ぶというのは、難しいなって思う。
当たり障りなく、誰とでも適度な距離を置いていれば「人を傷つけない」というのはそう難しいことでもないと思うかもしれないけれど、仮に誰かが自分と「もっと解り合いたい」と願って近づいてくれたとして、そんな人に当たり障りのないことばで接していれば、それは、その人を傷つけることに他ならないような気がする。
誰かと解りあいたい。
傷つくことはあるかもしれないけれど、ボクもそう願ううちの一人だからそう考えるのかもしれない。
だからボクは「当たり障りのない態度」というのはちょっとニガテだったりもする。
オトナじゃないって言われたらそれだけのことかもしれないし、そのせいで、何度も人を傷つけたことだってあるから、何年かまえに比べたら、そういう術は多少なりとも身に着いたとも思っているけれど。
誰かに与えた傷は、今でもボクの胸の奥で疼き続けていて、時折泣きたい気持ちになったりする。誰かに与えた痛みは、こんなもんじゃないと思えば、なおさらに、深く深くボクを抉る。
ただ、それを忘れてしまいたいとはどうしても思えないし、事実、忘れることはないだろうとも思っている。いわば、一生傷。
ボクは忘れない。
けれど、ボクが誰かに与えてしまった傷は、一日も早く癒えてほしいと願っている。
…矛盾というのだろうか、これは。
自分の中で消えることのない、誰かを傷つけてしまった事実は、同じ過ちを繰り返さないことへの戒め。
痛みを知るからこそ、大事だと想える人に寄り添える。
相知満天下、知心能幾人。
そんな人と出逢えたことは、ボクにとってはなによりの歓びだ。
それは、ずっとずっと大事にしたい、固く結ばれた絆。
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